柳家小三治師匠を偲んで

今年最後は10月に亡くなった小三治師匠について書きます。

 

名人と言われ、人間国宝になっても、ストイックに芸を追求し

亡くなる5日前まで高座に上がり続けた人。

一番好きで尊敬する落語家がこの世を去ってしまいました。

 

高座に座っただけで、観客が落語の世界に入れてしまう。

「目の前の小三治が消えて登場人物が現れる」とまで称される。

そこに至るには計り知れない努力や研鑽があったと思います。

 

実は大学時代、小三治師匠に学園祭に出演して頂いた際、

数時間お世話をさせてもらった経験がありました。

こちらを気遣ってくれるとても優しい人だなと

感じたことを覚えています。

 

それから40年間ずっとファンでした。

著書や雑誌で語った師匠の言葉は

私の仕事、人生における教訓であり、

強く心に刺さるものばかりです。

 

「うまくやろうとしないこと。それが難しい。とても難しい

じゃあ、下手なまんまでいいのかっていうと

そうじゃないんだよねぇ(笑)

心を理解しなきゃ、人の心を理解しなきゃ

人が生きるっていうのはどういうことか

それをどうやって理解していくかっていうと

音楽を聞き、絵を見、小説を読み、人の話を聞き

芝居を見、もちろん映画も見て

つまり、自分以外のものから発見していく

なにを発見していくかっていうと、自分を発見していくんですね

そういう鏡に照らし合わせて、ええっ、俺ってこんななの?って」

 

 

「これでいいわけはないって

自分に思えるかどうかってことだよ

安心しているときが、一番危ないときだよ

迷ってねぇときは、危ない

迷っているときは、もっと危ない

要するにいつも危ない」

 

 

「結局、最後は人間性ですよ

どうすればいい人間になれるかなんて、そんなこたぁ、分かんねぇ

そんなことを考えているうちは、まだまだ青臭いね

本当の肚で、肚の底から自分の考え方、生き方

胸でっていうよりは、肚でぶつかっていくっていう」

 

 

3年前、出張の際に上野鈴本で師匠の噺を聞くことができました。

頚椎の手術の後で、上下が切りづらい感じでしたが、

生で初めて聞いた『死神』は素晴らしく、感動しました。

それが私が最後に小三治師匠を観た高座となりました。

 

 

「この先10年、20年、自分がどう変わっていくのか

楽しみです。変えていくのではなく、変わっていく

80(歳)でも駆け出しみたいなものですよ

100になっても120になっても、やりたいと思っています」

と語っていたそうです。

 

私も生涯現役を目指していますが、

師匠のように真摯に仕事に向き合い続けられるかどうか。

1ミリでも近づくべく頑張りたいと思います。

 

大晦日は小三治師匠の『芝浜』を聞きながら

この1年を振り返ります。